にんじんは何故オレンジ色か

先日、テレビで、庭園の歴史の番組を見ていて、「にんじんの色は、かつては紫か白で、オレンジのにんじんは、オランダ人が開発したもの。オランダのオレンジ家をたたえるためだったとも言われている。」のような事を言っていました。これを聞いて私は、「そんな昔に、オレンジ公を称えるため、紫や白など全く違う色から、オレンジ色のにんじんを作り上げたオランダ人、すごい技術だ。魔法みたいだ。」と思い、同時に「本当かいな」という懐疑心に駆られ、ちょっと自分で調べてみました。

西アジアやヨーロッパを原生とした野生のにんじんというのは、根が比較的貧弱で、にがく、古代には、根よりも、その葉と種を、ハーブとして使用するのが主であったようです。野生のにんじんが徐々に、畑で栽培されるようになると、色々な場所で、根が太いものが選別栽培されていき、根を食べるという事も始まったようです。こうした栽培用にんじんの主な色は紫であったようですが、他に白のもの、また時に黄色のものなどもああり、16世紀のオランダ人たちは、この黄色の変種のものを使って、お馴染みオレンジのにんじんを開発したというのが真相のようです。

オランダの園芸家たちが、黄色のにんじんを育てては、根がより太く、より甘いものを、その子孫から厳選し、さらにそれを繰り返し、選別栽培していくうちに、色が徐々に濃くなっていき、黄色と言うよりオレンジとなっていったようで、開発者の意図は、色よりも、味と大きさ重視。

そうした事実とは関係なく、たまたま、スペインのフェリペ2世の政権に反旗を翻した、オランダ独立戦争の立役者であるオレンジ公ウィリアム1世(オラニエ公ウィレム一世、1533-84年)の時代と、オレンジにんじんの登場の時期が同じであったため、ウィリアム1世を称えるために、オレンジのにんじんが開発された、という巷の伝説が生まれ。そして、西洋では、この新しいにんじんのほうが、大きく、甘く、美味しいので、他のにんじん達が栽培されなくなり、にんじんというと、ベータ・カロチンたっぷり入った、甘みのあるオレンジのもの、と相成ったわけです。野菜を使ったケーキなどというものは、キャロット・ケーキ以外思い当たりませんが、それも、オレンジのにんじんの甘みによるものでしょう。

上の絵は、ロンドンのナショナル・ギャラリーにある絵。アントワープで生まれた16世紀のフランドルの画家ヨアヒム・ブーケラル(Joachim Beuckelaer)による、大地、水、空気、火をテーマにした「Four Elements、四つの要素」の4枚セットの絵の中から、「大地」(Earth)。山と詰まれた野菜や果実は全部で16種類。左手手前には、紫と、オレンジの太いにんじんが描かれています(細部は一番上に載せた写真。)。絵が描かれたのは、1569年。オランダ独立戦争が始まったばかりですが、このころには、すでに、現在の様なボリュームのあるオレンジにんじんが存在していたわけです。実際、スペインのフェリペ2世下でのこの頃のアントワープは、食料不足で、こんなに沢山の野菜が一挙に大集合などという風景はほとんどお目にかかれなかったそうです。また、当時の絵画のテーマとしては、あまり高尚なものとみなされていなかった静物画ですが、ヨアヒム・ブーケラルは、この絵の左上に、救世主の誕生を知って、幼時を虐殺するヘロデ王から逃れるため、エジプトへと旅立つ聖家族を小さく描きいれることによって、宗教的意味をもたせ、一般の静物画より風格高いものとしています。

イギリスでにんじんが栽培されるようになるのは、上の絵が描かれた時期と同じ、エリザベス朝あたりからではないかということです。カソリックの国、スペインのフェリペ2世の弾圧から逃れてイギリスへやってきたプロテスタントのネーデルランド人たちによって導入されたとされています。その後、イギリス各地でにんじんの栽培が始まり、根を食べるほかに、羽のようなふわふわの葉は、貴婦人の帽子の飾りや、室内装飾などにも使用されていたという記述も残っているようです。確かに、にんじんの葉は綺麗ですからね。生け花などに使ってもいいんじゃないかという気もします。

流行は巡るで、最近になってから、また、オレンジだけではつまらない、というわけか、紫や黄色のにんじんの種が、園芸用に出回ってきている感じです。

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